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2010年10月2日土曜日

ピンクリボン運動

こんばんわ!
今週はピンクリボンのイベントがあちらこちらで行われるようですね。
ピンクリボン(Pink ribbon)とは、乳がんの正しい知識を広め、乳がん検診の早期受診を推進すること、などを目的としてに行われる世界規模の啓発キャンペーン、もしくはそのシンボル。日本人女性のうち、乳がんを発症する割合は約20人に1人と言われており、また、乳がんで死亡する女性の数は年間約1万人弱とされ、そのキャンペーンは年を増すごとに拡大している
とウィキペディアに書いてありました。
私も早く検診に行こうと思います。

ところで今日はこれに賛同して少し猫たちの日記はお休みさせていただきます。

明日からは普通に書きますので
懲りずに遊びに来てください!
少し長くなります!

ということで本日は私の先日亡くなった友人の話でも聞いてもらえるとうれしいです。
彼女とは中学校時代の同級生でした。
彼女のおうちは深い深い山の中(笑)
いまだにストーブは薪ストーブ。
冬の彼女の制服からはうっすら懐かしいような匂いがしたものです。

一緒の高校に入り、登校も一緒でした。
手先の器用な彼女は毎朝私の髪型を決め、朝学校に着くと
今日はこうしよう!ああしよう!と私の髪を編んでくれました。
私が進学を決め、彼女が就職を決め
卒業と同時に何となく疎遠になっていたのですが、中学校の時のクラスがやけに仲の良いクラスで
同窓会があるたびに彼女とは顔を合わせていました。
そのうち風の噂で彼女が東京の服飾の専門学校に行ったことを知り、
そのあと会った時には彼女はその専門学校で服飾の先生になっていました。
何年たって会ってもお互い変わらず、いつまでたっても都会の女性ではなく
服飾の専門学校のあの独特な個性は全くなく
本当に変わらない人でした。

そうして私が結婚という覚悟を決めたときに彼女はこう言いました
ウェディングドレスは私に作らせてね!」
私の結婚式は秋、専門学校は進路を決める生徒たちが毎週体験学習にくる季節
彼女は忙しい中、わざわざ東京から秋田まで来て採寸、仮縫い仕上げとこなしてくれました。
最終的に私の手元に届いたのは式の5日前・・
それにはイヤリング、ネックレス、ヴェール・・すべてがセットになっていました。

それから2年半・・
突然彼女が帰ってきたんです。
私はすっかり一生東京でやっていくもんだとばかり思っていたので、
びっくりして連絡を取ったところ
ご家族の方が病気になられて、そのために帰ってきたんだということでした。
確かに田舎の所帯には何かと女の人の力はいるもんです。
そしてこの時に私は安心してしまったんですよ・・
「いつでも会える」
って・・
そうなるとなかなか会わないもんで(笑)

メールのやり取りはしているものの、なかなか会えないまま・・
1年が過ぎたころ母から連絡が入りました。
ちょうど従妹が入院。
そのお見舞いに行ったら彼女がいたよ・・と
ガンらしいよ・・と
早くお見舞いに行きなさい!と

でもこのことを聞いた時は私はまだ楽観的だったんですよね~
手術して抗がん剤治療をしてる。
なら大丈夫だろうと・・

従妹のお見舞いもあったので、次の週に行くことを話してとりあえず電話を切りました。
そしてその次の週
私の考えが甘かったことを知りました。
ちょうどこの頃です

会いに行ったら彼女はコーヒーゼリーを買ってエレベーターから下りてきた時でした。
「後で行くからね~」
と一言かわし
従妹の病室へそこで少し話をしたりして
彼女の病室へ
そこで彼女はあっけらか~ンといろんなことを話してくれました。
最初は風邪薬を飲んだら湿疹ができて病院に行ったということ
以前からやけにお腹だけが太ってきてるな~と思ってたということ
でもそれは実は腹水だったということ
5リットルも入ってたんだよ~と笑うんです。
生理痛もなかったし出血は二回ほどあったらしい、でも痛くもかゆくもないし
ただお腹だけが膨らんだんだよ!それだったら太ったと思うよね!
でも病院の先生に異常だからでっかい病院に行けって言われて
大きな病院に行ったらこっちの病院に行けって言われて
行って検査したら次の日入院だって!笑っちゃうよね~
というんです。
手術をして子宮卵巣すべてを取ったこと。
肝臓にも移転が見られるらしいということ。
そして一番驚いたのは首のところにできたコブでした。
「たぶんこれも転移だと思うんだよね~」とあっけらかんと話す彼女・・
病名は卵巣ガンの末期でした

そのあと車の中で旦那と母と少し話しをし
「よくないのかな?」と言った瞬間涙がこぼれました。
それからはグズグズメソメソ泣きっぱなしで・・

でも本人はいたって元気だったんです。
食欲がなくなることもなく体重が落ちることもなく・・・
そして一ヶ月くらいしてからだと思います。
「少し太ったんだよね!」
と言われました。
「ソリャ~それだけ食べてれば太るだろう!」と冗談で返したんですが
その次の週から彼女の具合がどんどん悪くなっていきました。

太ったんではなくってそれは腹水だったんです。
次に会いに行ったときに彼女のお腹は妊婦のように大きくなっていました。
腹水をおしっこにして出す薬をしてもらった。
でも抗がん剤の治療はいったん中止だということ
でも少し良くなったら別の薬をやってみるということ・・

実際見てる方が辛かったです。
その次の週に会いに行った時は彼女の病室には彼女のお母さんが付き添っていて、
実はその週は個室に入って
腹水を抜くということをやったということ
「もう長くないから」
と彼女のお母さんから聞かされました。
「実はもう今週駄目だって言われてたんだけど、なんとか頑張ってくれてな・・」

その時に
私泣いちゃったんです。
本当にこの時のことはいまだに後悔しています。
泣いたまま病室に入るわけにもいかず、顔を洗って少し時間をおいて病室に入って行きました
何事もなかったように話をし、帰りの途中本当に号泣しました
彼女が何をしたんだと。
家族のために一生懸命生きてきて、悪いこともしないで、まっとうに生きてきて
なんでこんなに早く行かなくてはいけないのかと

それから2ヶ月後の早朝彼女の携帯から電話が鳴りました
彼女のお母さんでした。彼女が8月3日の深夜息を引き取ったと

その日は仕事だったのですが仕事にならず
早退させてもらい、彼女に会いに行きました。
暑い暑い日でした
寝てる彼女を見たら、もうここに彼女がいないことが分かりました。
この一カ月ほとんど会えなかったんですが(熱が出たり白血球が下がったり)
でも会いに行くたびに彼女は白くなっていきました
オーラなのかな?
どんどん白く透明になっていくのがわかるんです。
そしていつもありがとう!ありがとう!!と言ってました。
一度も辛いとも苦しいとも言わず人のことばかり考えているようなやつでした
ただただ泣くばかりでしたが、最後に立ち会えてよかったです。
彼女がここにいないことがはっきり分かったので

それから彼女のお墓に行ったときに彼女のお母さんに言われました。
「泣いてたこと気付いてたんだよ」と
本当に大後悔・・・
でもその時彼女はこうも言ってたそうです
「私がいなくなって悲しい思いをされるのは辛いから頑張る!」

実は手術後に余命は家族は1カ月と言われてたこと、彼女は一年と言われてたこと

一か月だったら会えなかった・・
本当に会えてよかった。
最後まで近くにいれてよかった。
少しでも長くいれてよかった
と今は思えるようになってきました。

あの時母がたまたま見つけてくれたこと、
本当は彼女は誰にも言わずに行くつもりだったんではないかと思われる節があったこと

それもまた運命だったと思います。

彼女は生前こういう風に言ってました
「この病気で苦しむ人がこれ以上出ないでほしいな~。
本当に痛くもかゆくもなかったから私は病院にも行かなかったけど
少しでもおかしいところがあったら病院に行かなくちゃだめだよね。
体からのサインを見逃しちゃだめだよ。
自分の体を守れるのは自分しかいないんだからね」

もし読んでくれている皆様もおかしなところがあったら
ちょっとでも気になるところがあったら病院に行ってください。
早期発見だったら彼女も助かったはずなんです。
何事も早期発見が一番大事ですね!

ということで

このことは実際私の気持ちが整理でき次第かこうと思っていました。
この病気で苦しむ人たちが一人でもなくなりますようにという彼女の思い
この病気の恐ろしさは症状が出ないことだから・・
それでも少しでも体からのサインを見つけられれば・・
できるだけたくさんの人がそれを知ってくれれば・・
と言ってました。

本当にそうなりますようにという願いを込めて書かせてもらいました。

少し長くなりましたが
未熟な文章でごめんなさい。

では明日からは通常に戻ります。

最後まで付き合ってくれてありがとうございました。






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4 件のコメント:

  1. 読んでたら涙が出てしまいました。
    わたしは幸い親しい友達は亡くしてないけど、
    同級生で32歳の若さで亡くなった方はいます。
    猫仲間の友達は去年乳がんの手術をしました。
    その時わたしに「定期健診受けてね」と言われました。
    その人は初期の初期でほぼ命は大丈夫だったんですが
    命の重みをかみしめたらしいです。
    姉妹にもお願いだからと、検査に行かせたそうです。
    わたしも沢山の猫と子供のため、もう少し命を
    大切にしなきゃ・・・。

    お友達優しい本当に良い方だったんですね。
    きっと天国からすぐに地上に降りて来て幸せに100歳まで
    生きると思います。

    返信削除
  2. 今朝、仕事行く前に読んだので、泣いてしまってちょっと
    大変でした。一人でひっそりと逝くのも、本人の意思なら
    けして悪くはないと思うけど、あの時偶然トンまるさんと
    会えた事は、絶対に運命だったと思います。短いけど、最後
    の時間を過ごせて、お別れできて本当に良かったですね。
    こうして色んな人に、検診の大切さや命の大切さを伝える
    事もできたし☆ 私も、間接的に色々考えさせられました。

    私の同僚は、29歳の時に卵巣癌末期を宣告され、5年生存
    率10パーセントから奇跡の生還をしました。ずっと子宮癌
    だと思っていたけど、トンまるさんのお友達の事を話したら
    「私も同じ状況だった…」と聞き、驚きました。病気なのは
    わかってたけど、あまり深く聞けれないですからね。

    勿論、今も定期的に全身の検診に行っています。癌体質なの
    は確実ですから…。爆弾をかかえて生きていると思うのに
    とても心優しくて思いやりのある人で、いつも助けられてい
    ます。小さなことで騒いでる自分が恥ずかしくなります…。
    その同僚は今40歳ですが、これからもみんな一緒に元気で
    幸せに暮らせるといいな~と願っています☆

    返信削除
  3. (るんさん)
    読んでくれてありがとうございます。
    すごく長い文章になってしまったし、私の未熟な文章で読みにくくて本当にすいませんでした。
    32歳の若さ・・・ご冥福をお祈りします。
    乳がんのご友人はその後元気に暮らしていることと思いますが、確かに私の友人も何度も検査の大切さを私に言ってました。
    「自分だけは病気にならないと思ってた」とも言ってました
    確かにまさか今まで風邪だってめったにひかなかったのに
    いきなりあなたは癌ですから明日から入院です。
    って言われても実感持てないと思います。
    たぶんたくさん泣いたり悩んだり怒りで崩れそうになったりしたこともあったんだろうな・・と思いますが
    そういうことを全く見せない人だったので、いつも明るく具合が悪くても私の心配ばっかりしてました。
    本当にいい奴でした。
    死んでしまうと死んだ人はい人になるけど、この人は生きてるときからいい人でした。
    人のために生きて、私にたくさんの事を残してくれました。
    弔辞を読ませてもらったんですが、最後はまた会おうで締めくくらせてもらいました。
    またいつか会えたら私がたくさんのありがとうを伝えたいです。
    るんさんもたくさんの猫ちゃんたちとお子さんのためにも
    自分を大切にして下さいね!!

    返信削除
  4. (JUNさん)
    やっと書くことができました。
    書こう・・書かなくては・・と思いつつなかなか書けなかったのですが、49日も過ぎそろそろ天国についたかな~と思って・・
    その節は本当に色々ご相談にのっていただき本当にありがとうございました。
    たくさんの不安の中私にも少しずつですが、彼女との別れを決意させる準備ができたと思います。
    運命というものがあるとするならば、彼女が帰ってきて
    大好きだった故郷で最後を過ごせたこと、私の母と偶然に出会い、いろんな人と話をできたこと
    そしてこうやっていろんな人にこの病気のことを伝える事ができたこと・・・
    ほんとにすべてが運命だったのかも知れません。
    この病気は2年くらいかけて自分でわかるようになるそうです
    彼女が何かを感じてたのか・・
    今はそれはわかりません。
    たくさん聞きたいこともあったし伝えたいこともあったし、
    後悔も懺悔もたくさんあるのですが、もう戻れません
    本当に気持は言葉にしないと伝わらないし、伝えたい言葉って伝えたいときに伝えないといけないんだな~と思います。
    彼女が最初の検査を受けた日は彼女の誕生日でした。
    手術を受けた日は私の誕生日でした。
    「人の誕生日に何やってんのよ(笑)」と笑い合ってましたが、せつない誕生日になりそうです。
    どれだけの不安の中にいたのか、どれだけ怖かったのか・・
    それを考えると本当にまだ涙が出ちゃうんですよ

    同僚の方助かって本当に良かったですね!
    そういう方がいらっしゃるから、彼女も最後まで奇跡を信じて頑張ってました。
    いろんな方の希望になりますね!
    色々不安なこともあると思いますが、きっと大丈夫だと思います!
    これからもみんな一緒に元気で暮らせますよ!
    JUNさんもご自愛くださいね!

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